黒猫

黒猫のセレナーデ

「どうする…って…」

明らかな困惑の色を浮かべた皆本が惑いを振り切って、すぐに笑顔に変えた。

「何言ってんですか、真木さん。僕はまだ未成年ですよ?両親に怒られちゃいますって」
「そう…だな」

決心した言葉を至極当然の様に拒否されて、苦笑いを浮かべた。
彼がいくら寂しいからといって、いつも勧誘している調子で誘ってみても彼には家族がいる。
自分が彼のような普通人と同じ生活を過ごしてきた人間で無い事に口惜しさを覚えたが、彼にそんな素振りは見せないように真木は笑顔を崩さなかった。

「でも」
「ん?」

「お言葉に甘えて、泊りに来る位はいいでしょうか?それ位なら母も許してくれると思うので」

優しく微笑んでいる真木におねだりするように、上目遣いで尋ねる皆本。
本当は寮に居たくないという気持ちを持っていて、そこへ来た真木の誘惑。周りの事情を考えて断った彼が今度は遠慮がちに聞いてきて、真木は作り笑いを本心からの笑顔にすり替えて立ち上がる。

「当たり前だ。私の部屋は自由に出入りして貰って構わない」

何せ一緒に住もうと言い出した位なのだから何を私に遠慮する必要がある。
自分の親や周囲の人間の事を第一に考えながら出した我儘があまりに愛らしかった。
なんなら…と真木がダッシュボードに移動して、中に入っていた鍵を取り出すと皆本に投げた。

「部屋の鍵だ。マスターしか無いから明日にでも作って来い」
「えっ! い、良いんですか?」

思いもよらないプレゼントに驚きながらも、彼は嬉しそうにその鍵を大事に掌で包む。

「ああ。無くすなよ?」
「もちろんですっ!」

はしゃいだ声はとても明るく、先ほど寂しそうな顔を見せていた彼とは別人の様だった。
自分を受け入れてくれる人間をお互い求めていたのだろう二人が寄り添える距離を縮めた。

にゃあ。

クロのせがむ一声で二人は彼の存在を忘れていたのを思い出して弾んでいた会話から戻ってきた。

「何だ? お前も仲間に入れて欲しいのか」

やんわりと優しく抱き上げた真木の腕を不機嫌に引っ掻いてクロが反抗心を顕にする。
どうやら自分はもちろん仲間に入っている物だと主張しているのだろうが、真木がそれに対して苛立たしく顔を歪めた。

「まるでお父さんですよ、それ?」

小さい子をあやしている父親みたいにクロと同レベルで争っている真木を皆本がくすりと笑った。
「そうか?」と声を返したものの、今睨み合っている目を外せば負けだと野生同士の争いを彼らは続けている。
当人同士には長くも短くもあるその争いは皆本の大きな笑い声によって幕は閉じられた。

「あはははっ!! 僕の事、クロと兄弟とか言えないですよっ! 何、一緒になってるんですか!」

急に飛び出してきた大きな声に、クロがビクッと尻尾を立てて皆本の方へ視線を移してしまったのだ。
そんな様子を真木が勝ち誇った笑顔で見やって頭を撫でてやると、クロは大人しく甘えた声を出した。

「よしよし。お前の主人は私なのだぞ? わかってるのか?」

にゃあ。

ごろごろと喉を鳴らして目を細めたクロが返事をすると、未だ笑いが収らない皆本が眼鏡を外して涙を拭いた。

「ありがとうございます、真木さん」

大きく笑い過ぎて少し筋肉痛を覚えそうになった頬を抑えた皆本が、微笑しながらぽつりと礼を口にした。

「急に何だ」
「こんなに大笑いしたの久しぶりで…スッキリしました!」
「良かったよ」

お前が笑ってくれると私の心は晴れやかになるのだから、こちらこそ礼を言いたい所だ。
もっと傍で、その笑顔を絶やさないで居られたら良かったのにな。
お前がエスパーで…いや、私が普通人だったらどれ程良かったのか。

傍に居てやるのが自分の役目で無い事を知っている彼が、一瞬掠めた想いに嘲笑を浮かべる。

もしそうなのであれば、私たちがこんなにも近寄る事は無かったのだろうか。

明日マスターキーを返しに来る約束をした皆本を見送って部屋に戻ると、クロが足にすり寄ってきた。
今までは皆本が来た日は真木に近寄りもしなかったのに、どうやら、先ほどの勝負が効いているらしい。
大人しく懐いてくれるクロを優しく抱き上げると真木は頬を緩めた。

『もしも』なんてないのだから考えるだけ無駄だな。

寂しさを紛らわすクロが居て、安堵を持ってくる皆本はまた明日来る。
それで良いじゃないかと自分に言い聞かせて、クロを寝床へ運んでやった。

 

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