黒猫03-シナプス-

 

シナプス回路の反乱

カチカチと規則正しく刻む秒針だけに捕らわれている振りをして、皆本はテーブルを見つめる。
部屋の主である彼は、今何を考えているのか。
考えれば自分の無自覚だった心が動く。
秒針と同じ速度で刻む心音が、大きくなった気がした。

「そういえば」

口を開いたのは真木だった。
大した言葉でも無いのに、皆本の体がビクリと揺れる。
その様子を見て、真木は彼の緊張に気が付き、ふわりと笑い言葉を続ける。

「どうしてあそこに居たんだ?帰り道でも無いだろ?」
「退院祝いに」

その答えは真木には意外だったのか、ふと首を傾げる。

「この辺に友人でも?」
「いや。施設だけど…恩師の一人位居るよ」

先日、世話になっていた先生が入院したと聞いた。
しかし時間を作ろうとしても忙しない日常では中々行けず、時間だけが経ってしまっていて、結局見舞いできずまま退院したという知らせだけを聞いた。
卒業して数年も経っているのだから、見舞わなくても薄情だとは誰も言わないだろう。
けれどあの施設で懇意にしてくれた恩師には顔を見せる事位しようと、退院祝いを届けに行った。

そう説明していると真木は優しく微笑んでいた。

「そうか。お前は完全に独りじゃなかったんだな」

何処か安心した様な声に皆本の胸がドキリと鳴った。
当時、彼の家に入り浸っていた自分を思い出す。
生徒の間では孤立していた。先生の中にも良く出来た生徒に鼻持ちならない態度を出すのも居た。
だからと言って真木だけが頼りだったわけじゃない。

でもあの時の自分が一番安心できる場所は、彼の隣だった。
なのに今は、息が詰まる。

「あんただって独りじゃ無かったんだろ?」

皆本がそう言うと、「まぁな」と短い返事が返ってきた。だが、それだけで後に何も続かない。
落ち着かず溜息を吐いてゆっくり周りを見回す。
あの頃部屋にあった物は、何も変わっていない。
シンプルな部屋だったから変える必要性も無いのだろう。
飾り気の無い男特有の部屋に、少し羨ましいと思いながら表情を緩める。

真木はと言えば無言のまま窓の外を見ていた。
何を思い、考えて居るのか皆本にはさっぱりわからなかったが、その横顔を自然と見つめていた。

「止みそうに無いな」

彼がそう言うと、我に帰った皆本が窓の方へ視線を向けた。
言われた通り先程よりも幾分激しさを増している雨は、遠慮無く窓を叩き付けている。

「チルドレン達は良いのか?」

先程まで音だけを気にしていた時計に目をやれば、夕刻などとっくに過ぎている。
小学校は既に終わっている時間。彼女たちは帰宅して、中々帰ってこない皆本について文句を言っているに違いない。

「ご、ご飯は用意して来たし、洗濯は取り込んであったし…」

解けない緊張を持ったまま、他に何かあったかと思い出しつつ、皆本は温くなった珈琲を啜る。
三人居れば皆本が居なくても勝手に盛り上がっているのだし、心配する事は特に無い。

「あ。今日出た宿題、ちゃんとやってるかな?」

思い出してぽつり呟いた皆本に、真木が噴き出した。

「…なんだよ」

不機嫌に真木を睨み付けても、遠慮する事もなく彼は笑顔を見せている。

「いや悪い。お前は大きくなったと思ったら、お兄ちゃんを通り越してまるでお父さんになったな、と」
「好きでこうなったワケじゃない」

笑いを堪えながら言う彼から睨み付けていた視線をぷい、と外す。
しかし突然伸びてきた手に驚いた。
ぐしゃぐしゃと髪を乱暴に扱われて、思わず払いのけると、優しく、しかし苦く笑った真木の顔があった。

「飯を食っていくか?」

スッと立ち上がった真木が台所に向かいながらそう声を掛けてくる。
皆本は不機嫌に眉を顰めたまま振り返った。

「ご馳走になっても良いのなら」
「ピーマンは抜いてやる」

遠慮がちに返事をすると、冷蔵庫の中身を確認しながら明らかに笑っている真木の声が返ってきた。

「もう食べられるからっ!ったく、いつの話だよ」
「俺の知っている光一は食べられなかった、で止まってるんだよ」

皆本が溜息混じりに呆れを伝えれば、振り向くことなく真木は炊事を始めた。

 

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